特別展示「朽ちる」に寄せて

街を歩いていると意図せず何かに目を奪われることがある。その時に考えている事柄や、元々自分が興味を持っていることや物に興味をひかれるのは当たり前だが、それを見つめている自分が何故そこを凝視しているのかさえ分からないまま引き込まれてしまう。特定の場所に限った訳では無いが、大都会の片隅の事が多い。

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何度もペンキを塗重ねられた窓の棧、多くの人に力を与えた神社の扉、雨晒らしのブリキ缶、目的を果たし終えようとしている木製のベンチ、風を受け雨を避け続けたトタンの扉、瓦の重みに耐えきれなかった屋根、日に晒されたままになってしまった機械、ひびの入った店先のサイン。彼らは言葉にはならない歴史を私に向かって投げかける。

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作られた時、華々しく登場したモノたちが目の前で朽ちようとしている。新しい建物、新しい思想、新しい道具、モノたちの全ては生きようとしている人々のために作られた。彼らの全ては時代の最先端にいた。人の役に立ち、人の生き方を変え、人に便利に利用された。
モノたちは役目を終えようとし静かな眠りにつこうとしている。だが彼らが物を考える事は無い、言葉を持つ事も無い。役目を終わらせようとしているのは、彼らを使い切った人間達。伝える事が出来るのは、風に晒された面(おもて)以外には無い。

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歴史は文字や言葉を使い、人語りで伝えられ未来の心に受け継がれていく。だが伝わるべき歴史はそれがすべてでは無い。私は消えゆく形の中に言葉では伝わらない多くの残された影を感じる。必要な物として作られた彼らは、多くの人に豊かさを与えてきた。人が自由になる事を支えてきた。

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手を尽くされ、今に至るまで使われ続けたモノたちには美しく走馬燈のようにゆらぐ人の影が映る。既に役目を終えたモノたちにも、人々の手が焼き付いて残される。朽ちるモノたちはすべて、彼らを見た私の一部になり、使われてきた歴史の一部でもあり続ける。

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街の中で立ち止まる時、そこには過去でも未来でも無い過去から紐付けられた「今」がある。

2016-04-04 | Posted in 展示について

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